ピジョンミルク
投稿:頑固おやじ
実は10日ほど前、久しぶりに本当に困ってしまった。
狭い庭に植えたデュランタライムが繁りすぎたので、幹の上半分からバッサリと切った時のことである。切った瞬間は爽快な気持ちだったのだが、低くなったデュランタライムの頂上付近に何やら黒い固まりが見えるのだ。最初は風で飛ばされた洗濯物かなと思ったのだが、よく見るとキジ鳩がうずくまってこっちを見ているのである。どうやら卵を抱いているみたいで、手が届くところにいるのに逃げようともしない。今さら切ってしまった幹はつながらないし、本当に困ってしまった。
私が子供の頃は野鳥を捕まえるのはゲームの一つだった。その中で子供達に人気の高かったのがメジロである。
メジロは生け捕りにしないと意味がない鳥である。まず鳥かごにおとりのメジロを入れて木の枝に吊し、周囲には鳥もちの付いた枝をたてておき、おとりに惹かれてやってきたメジロが鳥もちにくっつくのを隠れてひたすら待つのである。風情があるといえばあるが、くっついたメジロは鳥もちから素早く離さないと悲惨なことになってしまう。
次に人気が高かったのが、地面に作った罠で小鳥を捕まえるのだが、その方法は残酷なので、このブログの性格上、詳細は書けない。子供は時として残酷なことをするものである。
ところで、ニワトリは別として、ペットの小鳥や野鳥はその鳴き声や可愛らしい姿で私たちを癒してくれるし、渡り鳥などは季節の到来を告げる使者でもある。
しかし近年は様子が違ってきている。文鳥などのペットが野生化したり宮崎では見られなかった南方の鳥が観察されたり野鳥の世界でも異変が起きているようである。それにもまして冬の渡り鳥はここ宮崎では脅威になってしまっている。そう、鳥インフルエンザである。
宮崎は全国最大のブロイラー(若鶏)生産県であり、年間の出荷羽数は億を超えるのだが、今年宮崎で発生した鳥インフルエンザは予期されていたとは言え、大変な混乱を引き起こしてしまった。発生農場では数万羽単位で殺処分され、その現場はまるで戦場だったらしい。ネズミが媒介したという人もいるが、感染源は大陸からの渡り鳥と言われているのだ。
冬の渡り鳥シーズンを目前に控え、宮崎県民の一人である私も不安でたまらないがこればかりはどうしようもない。幸運を祈るしかないようだ。
さて、私が本当に困ってからも我が家のキジバトはデュランタライムの巣で卵を抱き続けている。この頃は毎朝、カーテンを開け目の前にいるキジバトに挨拶するのが日課で、卵がふ化するのが待ち遠しくてたまらない。可愛いヒナはもちろんだが、噂に聞いているピジョンミルクを与えて子育てをする現場を観察できるかもしれないからだ。
鳩類は他の鳥と違って昆虫などのエサ集めに飛び回るようなことはしない。自分が分泌するピジョンミルクでヒナを育てるのだが、驚くのはこのミルクはメスだけでなくオスも出せるらしい。人間の世界では少子高齢化が進み、その対策ではないと思うのだが「男女平等」とか「父親も子育てに参加を」とか様々に言われている。世の男性もキジバトのようにピジョンミルクが出せれば、母親だけが子育てに苦労していると言われなくてもすむような気がしてくる。ピジョンミルク。飲んでみたい気もする。
必要なものは
友人が私に内緒で予約を入れてくれた
熊本での"ナチュラルボイスレッスン"
熊本・阿蘇の大自然にどっぷりつかり
静かに自分と向き合った2泊3日。
外輪山の雄大な景色を眺めながら
通行止めのガードマンさんがいたのになぜか通してくれた。 菊池水源では、マイナスイオンたっぷりの冷気に包まれて
130年前の農家を改築した"ごんべえ村"のバンガロー 大自然に自分の全てを明け渡すと いろんな欲で固まった思考は普段に暮らしていると
大きな自然に抱かれている心地よさや
生きている喜びを体全体で感じる。
道なき道を行くと阿蘇最大のパワースポット"押し戸の石"が現れる。
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岩にごろんと寝そべった。
おじちゃんが育てた野菜をふんだんに使ったおばちゃんの手料理。
今の自分に必要なものと必要でないものが見えてきた。
それがどれだけ体を硬くしているのか気づかない。
その頑固なものを解きほぐしていくと
こんなにも体が軽く心地いい。
そういうことを教えてくれた阿蘇の3日間だった。
幣立神社
投稿:外山與子
九州のほぼ中心に位置する五ヶ瀬町。
隣り町の高千穂町とはちょっと違い
観光地化されていない、どこかヨーロッパの高原を思わせるような素朴な雰囲気がとても素敵な町です。
さて五ヶ瀬から車を10分ほど走らせたところに
パワースポットとして名高い幣立神社があります。
本殿へ通じる参道は神社の顔。
うっそうとした巨木の森に包まれて
いろんな事を心や体で感じながら歩いていくと
体の中の濁ったものが少しずつ溶け出していくような気がします。
どんな本殿が顔をだすのか・・?
神社の歴史は・・・?
樹齢は?
こんな事をいろいろ考えながら参道を歩くのは結構楽しいものです。
ここの「五百枝杉」「双子杉」は圧巻です。
何百年も風雨に耐え息づいてきた生命の強さ、自然の偉大さを前に
自分の存在のちっぽけさを感じずにはいられません。
この巨木を見ているだけで
この場所がパワースポットであることが実感出来ます。
この場所に出逢えたこと
この時に生かされていることが感謝、そんな気持ちにさせられます。
コンゴウインコ
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東京で子育てをし、3歳0歳の子どもを連れて宮崎に転勤をしてきた時
私から見た宮崎ママの印象は、「なんて、オシャレなの!」でした。
東京吉祥寺近くに住んでいたにも関わらず、
いつもジーンズでママチャリを走らせていた私。
善福寺公園でママ仲間とぺちゃくちゃおしゃべりをし満足していた私は
「これではいかん!!」と宮崎ママのおかげで、
オシャレに目覚めていきました。
それから10年余りの月日が経った最近の出来事です。
たまたまTVで映し出された「コンゴウインコ」が目に留まりました。
コンゴウインコは、50年も同じパートナーと生涯を共にするそうです。
すごいな~と感動するのですが...
私が着目したのは、そこではありません。
コンゴウインコは、とても綺麗な色合いをした鳥です。
その美しさを保つかの様に、夫婦そろって毛づくろいをします。
2羽に子どもが授かると、夫婦で子育てをするコンゴウインコ。
雛の為に餌を探し求め、敵から雛を守り、
毛づくろいをする暇などなくなります。
以前の華やかさはなくなり
羽の色はあせ、ボロボロになってきます。
しかし、木の枝に誇らしげに止まるコンゴウインコは
何とも言い様のない凛とした姿で
何故か、美しいのです。
ですから、身だしなみばかりを気にする私には
コンゴウインコがとても衝撃的だったのでした。
内面から出る美しさは、ハンパではありませんでした。
でも...やっぱり私はオシャレを止めれません。
コンゴウインコさん...。
ちいさなおまつり
投稿:外山與子
17年前の今の季節
出の山公園という所に
ホタルを見に出かけました。
ごった返す人混みの中
無数に光る幻想的な風景を見て
誰もが「クリスマスツリーみたい!」と
興奮して口々に騒いでいました。
そこで3歳の息子がポソッとつぶやきました。
「ちいさなおまつりだね。」
なんて繊細な表現をする子なんだろう。もしかしたら天才かも・・
そう感激したのを昨日の事のように覚えています。
(はい、ただの親ばか
)
それからこの季節は絶対ホタル!と毎年思い続け
ホタル情報が入りながら
なかなか見に行くことができないままでした。
ところが、すぐ近くの団地でホタルが見られるよ、と友人が教えてくれ
昨夜はなんと17年ぶりに
ちいさなおまつりを見てきました。
派手さはないものの
団地横を流れる水路の土手沿いに
数百のホタルがほわん、ほわんと光っていました。
そこを通るのは、夜のウォーキングを楽しむ人たちと
団地の家族連れくらい。
日本人はこんな地域の資源や財産を
ことごとくダメにしてきました。
しかし、17年ぶりにちいさなおまつりを見ることが出来た、
それだけでも充分幸福感を味わったのですが
なんといっても街の普通の暮らしの圏内に
こんな豊かな贅沢な空間がまだ残っていた。
そのことがただただうれしかったのでした。
五ヶ瀬町の豊かさ
投稿:外山與子
宮崎人でありながら、県内でまだ行ったことのない所があります。 それは、五ヶ瀬町と椎葉村。 そのうち五ヶ瀬町へ先日出かけました。
山も空も高く美しく、時間がゆったりと流れ、人々は穏やかで温か。 どうして今まで五ヶ瀬町に行かなかったのか、と悔やまれる位素晴らしいところでした。
この時期の山肌は緑色のパッチワーク柄やグラデーションで一気ににぎやかになります。新緑の山ってこんな表情をするのか、と初めて気付きました。
この色がたまらなくいいんですよね、もえぎ色。 見ているだけで、体中の緊張がほぐれてくる感じです。 自然に大きく深呼吸して体中の空気を入れ換えたりして・・。
「日本一美しい小学校」から見た九州山脈の大パノラマには息をのみました。 快晴の時は長崎の普賢岳、熊本の根子岳も見えるそうです。 日々変わる夕陽を毎日見ることができるこの学校の子どもたち、なんて幸せなんでしょう。
2日目は、祇園山の山開きでした。 子どもたちがたくさん参加しているのには驚きました。 おじいちゃんやおばあちゃんたちと、またPTA会長さんも近所の子どもたちを連れて わいわいがやがや登っています。 さらに驚いたのは、自主的に学校の先生たちが大勢参加していることです。 学校が地域と解け合っているし、壁もないんですよね。 これも日渡教育長が提唱した『五ヶ瀬教育ビジョン』がじわじわと浸透している結果かもしれません。
参加している人たちの活き活きとした顔を見ていると 子どものことを真剣に考えることと、環境のことやまちづくりを考えることは どこにも境界線はないし、つながっているんですね。 豊かに生きるってこういう事を言うのかもしれないな。 この感覚を忘れてしまっていました。 そして、穏やかな気持ちと感謝の気持ちで胸がいっぱいになりました。
もう一度西都原
桜と菜の花の供宴
今日が絶好の日でした
宮崎の82歳の画家弥勒氏が制作中
焼き肉、カラオケもなく、最高のお花見でした
脱・方向音痴~牧水ロード編~
投稿:外山與子
悔しいけど「地図が読めない女」です。 地図の通りに行っているつもり、しかしそこにあるはずの目的地が、ない! そして頭が真っ白になってどっちにも動けなくなる。 大げさでなく、これは泣きそうになる位恐怖なのです。
でもそれは今までの思い込み、「分からない」「必ず迷う」という恐れがきっとそうさせているのです。もういい加減変わらなくちゃ。今日から「方向音痴」返上・・・ってことで、 午前中新富町、夜日向市での用事の合間に、美郷町の「百済の里」へ行ってきました。
一箇所迷ったものの東郷町までの1時間は思ったよりスムーズにいきました。 東郷町に入るなり若山牧水一色です。 まず道の駅で「牧水そば」をいただきました。 これが十割そばで、そば色濃く、短い麺だけどこしがあって実においしいのです。
そして友だちが勝手に名付けた「牧水ロード」をとろとろ運転します。 しとしと降る雨にうたれて立ち上る山霧と幾重にも重なる山並みのグラデーション 通り沿いにぽつんぽつんとたたずむ民家の花々を楽しみながら 体中の力がすーっと抜けて行くのを感じました。 海育ちなのに、これが日本の原風景なんだろうなぁと懐かしい気持ちになるのがとても不思議です。
牧水の生家も当時のままに残っており、以前訪れたときには縁側に座ってこの山並みをながめました。牧水もきっとこの場所から同じ景色を眺めたんだろうなと感慨深いものがありました。新しい牧水記念館もありますが、この景色やまた当時のまま残っている橋など、この生家近くの風景から感じとれるものがたくさんあります。
牧水に浸ってしばらく行くと、美郷町の境界へ。 . 突然視界に飛び込んでくる「百済の里へようこそ」という看板。 ハッと我に返るというのか、「若山牧水」から「百済」へとそう簡単に切り替わらないぞ、という気持ちになったのはちょっと残念でした。
一ッ葉の松林
一ッ葉の松林は海岸沿いに南北に長く続いていますが
このコースは残念ながらゴルフ練習場につながって
短いのがちょっと残念。
他にもコースはあるのですが、このコースがピカ一なのです。
午前中に歩く松林は松の匂いとエネルギーの高い空気でいっぱい。
こんなに贅沢な空間があっていいのだろうか、と思えるほどです。
この場所がホテルやゴルフ場に開発される前
まっすぐにどこまでもどこまでも続く松林のトンネルが実に見事で
初めてこの道をバイクで通ったときには
あまりの美しさに歓声をあげ
思わずバイクに立ち上がりそうになりました。
海岸沿いに澄む人たちの暮らしを守るため
防砂林、防風林として植林された松林。
しかしながらその暮らしの一部を伐採して
レジャー施設を造ってしまいました。
開発と癒しが同居する松林。
矛盾がたくさんだけど、週1回はテクテクと歩きたい場所です。
