コンサートに寄せて
by 外山與子
5年前の冬、友達が一枚のCDを貸してくれました。
比嘉ひろ音さんの「となりの菩薩さま」です。
とてもシンプル、なのに心に力強く、ストレートに響いてくる・・・
私の生き方、私の存在そのものに、優しく語りかけてくる・・・
それは、今まで聞いたことのない音楽でした。
それから三ヶ月後、ひろ音さんに会うことになるのですが
二度目に会ったとき、私の両手をしっかり握って
まっすぐ向き合って彼女が言うのです。
「今後あなたと何か一緒にやっていくと思うわ。」
ひろ音さんは東北、私は九州。
こんなに遠く離れていて、何かを一緒にする?
とても考えられませんでした。
その時は、彼女と深く熱く付き合うことになろうとは
想像もしていませんでした。
でも実際、この3年間
彼女は私の仕事、プライベートにどっぷりと関わってくれ
私も彼女の仕事、プライベートにこれまたどっぷりと関わり
宮城と宮崎と遠く離れていながら
一緒にいろんな事を始めていました。
そして彼女の存在全てを通して
愛することの尊さ、厳しさを私に注ぎ込んでくれました。
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(シェラトン ラグゼコンサート)
彼女からもらったものは
子どもたちや、子どもに関わる大人たちに
そして生きる目的を探し求めている人に
流していくのが私の役割だと思うようになりました。
そしてその想いが
今回「命をみつめるコンサート」開催というかたちで実現したのです。
一人でも多くの人にコンサートに来て
ひろ音さんの歌声を体中に浴びてもらいたいと強く思っています。
心の深い底の底から溢れてくる彼女の歌声は
複雑になってしまったこの社会で堅くなった心や体を
ゆっくりと優しくほぐしてくれます。
そして一人ひとりの命がどんなに尊くて慈しみ深く
母なる大地、地球から愛され続けている存在であるかということを
思い起こさせてくれます。
人は幸せになるために生まれてきました。
この命は、この地球のかけがえのない宝であり、大いなる存在なのですから。
裸のつきあい
by 外山與子
葉山に行って来ました。
天皇陛下がおいでになる直前で
葉山ご用邸周辺は警官があふれていました。
ご到着前10分間ほど
周辺道路は通行禁止になるそうです。
ご用邸前を通る度にお上りさんの私は
大騒ぎして写真を撮るのですが
こんもりとした森ばかりしか写りません。
こんもりした森には川が流れていて
橋もかかっています。
おそらく森、川、海岸全部がお庭になっているんでしょう。
さて、庶民の楽しみはなんといっても温泉です。
横須賀のぼり雲温泉ではステキな女性に出会いました。
はきはきとした横須賀弁?が
聞いていてとても気持ちがすっきりするのです。
サウナで隣に座ったおばあちゃんは
ゴールドのネックレスとピンクのペディキュア、
おばあちゃんと言っていいのか迷うくらい小粋でおしゃれな人でした。
釣具屋さんをしていて
天皇陛下の釣り具を調達したこともあるそうです。
そして歳を聞いてびっくり、80歳!
「夫と1週間に2回来てるの。もう20年通っているわよ。」
と少女のような笑顔で話されました。
次に会ったのが私と同世代のとっても美人ママ。
子どもがなんと8人いて、なおこのスタイルと美しさ。
一番下の男の子と長男のお嫁さんとお孫さんと一緒に来ていました。
一番下の子とお孫さんがそんなに歳が離れていないのです。
「この子を産む前、ガンを患ったの。
ずいぶん迷ったけど、
こういう時だからこそ生まれてくる意味があると思って
思い切って産んだの。」
8人子どもを産み育てておられるパワーと
モデルさんのような美しさを分けてもらおうと
しっかり握手をして別れました。
次に行ったのが城ヶ崎油壺の温泉。
油壺は天皇ご一家が散歩をされるそうですが
そこで会ったおばあちゃんは
「天皇さんは外になかなか出られませんよ」
と言っていました。
そのおばあちゃんは、娘さん2人と毎週通っているそうです。
とってもやすらかな顔をされていて
いい老後をおくっておられるのだな、
そしていい子育てされてきたんだな、と思いました。
おばあちゃんは言いました。
「娘はとてもよくしてくれますよ。
私にはもう一人子どもがいてね、男の子が。
戦争で亡くしちゃったの。とっても悲しかったですよ。」
今は幸せでも、
我が子を亡した悲しみは何十年たっても癒えることがないのでしょう。
いろんな経験を経てこんな優しい顔になるんだなと教えてもらいました。
温泉や銭湯にはコミュニティがあって
ホッとした気持ちで、ざっくばらんにおしゃべりをして
垢も愚痴も日々洗い流しているのかもしれませんね。
海岸、森、川つきの広い庭のある天皇ご一家の生活と
服も肩書きも脱ぎ捨てた裸のつきあいのできる生活。
比べようがないけれど、選びようもないけれど
意地張って答えます。
「やっぱり、裸のつきあいはええなぁ~!」
メッセンジャー杉浦くん
by 外山與子
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杉浦くんが第2のふるさと、宮崎に里帰りしました。
可愛らしい奥様とお嬢ちゃんを連れて。
彼が余命宣告され、身寄り誰一人ない宮崎で
自分なりの生き方を求め、あがき苦しんでいる時に出会いました。
あがき苦しむ・・・、本当にそう見えたのです。
自分の力で生きていく手段を
必死に、がむしゃらに追い求めているようでした。
放っておくことも出来ず、いつもハラハラして見ていました。
その彼が6年後、なんと家族を持ち、
トークとライブで全国を飛び回り、
「命はやわじゃない!」ということを伝えています。
そして、あの苦しみの中から生まれた“メッセンジャー”という情報誌は
30号を超え、全国に広まっているのです。
1年半ぶりに彼のトーク&ライブを聞きながら
彼はやわじゃないなぁ・・・としみじみと思いました。
そして、大丈夫かなぁという頼り気ない雰囲気は相変わらずですが
何か腹が据わったというか、余裕がでてきたというか・・・。
奥様の亜紗比さんは
芽(いぶき)ちゃんを5日間かけて自然分娩で出産しました。
杉浦くんはその5日間、県外の講演にも出かけながら
ずっと奥様に付き添っていたのです。
一緒に呼吸しながら、いきみながら
父親としての覚悟を芽ちゃんにもらったのかもしれませんね。
彼の歌う「大丈夫だよ」という曲を聞きながらそんな事を考えていました。
そして「大丈夫だよ。と歌いながら、あなたが一番大丈夫じゃないんだけど」
と亜紗比さんに怒られるそうです。
いやぁ~。やはり奥さんの存在は偉大です!
父親としての覚悟の前に、夫としての覚悟も日々培われているようですね。
境界とはあこがれ
投稿:外山與子
ムーミン展に行ってきました。
繊細な細かい線だけど
しっかり、ずっしりとメッセージを伝えている
そんな原画を観ながら
作者のトーベ・マリカ・ヤンソンさんに興味を持ちました。
そしてあるメッセージに釘付けになりました。
『わたしは境界が好きです。
夏と秋の境界である八月は
わたしの知るかぎり最高の月です。
夕暮れは昼と夜の境界ですし
浜辺は海と陸の境界です。
境界とはあこがれです。
ふたりのひとが愛し合いながらも
なにひとつことばを交わさないときのように。
境界とは途上にあるということです。
重要なのはそこへいたる道のりなのです。』
「ムーミンを読む」 宮原真弓著
あるインタビューで
境界という表現にぐっときました。
境界だからと構えなくていいし緊張する必要もなく
境界で起こる様々な出来事を楽しんでいるように思えました。
目標に向かっていくことをあこがれを持って楽しめばいい
そんな気持ちになりました。
紡ぐ手
投稿:月野カオル
桜の花びらが舞い散る中、娘と息子の入学式がありました。
二人そろっての入学式は、もう無いと言う事で
東北に住む母を宮崎へ誘いました。
空港に降り立った母は、いつもと同じとても綺麗な色の服を
身にまとっていました。
でも、一年ごとに小さくなってきた気がしました。
75歳になる母は、幼少年時代母子家庭に育ちとても苦労をした女性です。
孫の成長を喜んでくれた母は、自分の学生時代を思い出しながら、
話をしてくれました。
お金がなかったので、入学式の洋服は自分で作ったこと、
修学旅行は一人だけ行けなかったこと
それから、働いたお金で弟の大学費用を出してあげたこと。
だから、自分の為に生きる事ができなかった母が、
綺麗な色を着ておしゃれを楽しんでいる姿が
私にはとても心地よいのです。
入学式から帰るなり、子ども達の体操服のゼッケン付けを始めた母。
7年前から患っているリュウマチのせいで、母の指はすべて曲がってしまいました。
母が針を動かすたびに、曲がった指も動いています。
「そんなに無理しなくてもいいよ」と言っても
「私はしてあげるのが好きだから...」と呟きます。
出来上がりを見た子ども達が「ばーありがとう!」
「いいよ」と母。
そんなやり取りを見ながら、
母はいつも人と人を"紡ぐ人"なのかもしれない...と思いました。
新緑の季節が近づいてきました。母の日には、きれいな萌黄色のスカーフでも贈ろうかと思っています。
私のまわりの「素敵な女性」
投稿者:月野カオル
『アラウンド40』流行りの言葉。
そんな私も、ドンぴしゃりの40歳のお嬢さん!
次のステップへ向けてお悩みの年頃です。(~o~)
40代をどう生きるか...それが大事なんだよね~と
思いながらも、現実と理想の狭間でユラユラしてます。
そんな中、私の友人Nさんは元中学校の先生。
今の時代とっても安定している公務員。辞めなければ
ずーっと公務員なのに、20年勤めた家庭科の先生を
アッサリ辞め、美容の世界へ転身しました。
話を聞いた私は,「は~!!」と大きな驚きとため息。
「どうして?」との私の問いに一言
「自分の人生だから...」彼女のひたむきでとても強い眼差しが
私に向けられました。
彼女の「したいことだから、する」というとてもシンプルな生き方は
意外と難しい事だったりする。でも人生しちゃったもん勝ちなのかもしれない。
月日の流れは早いもので、もう5年の月日が経とうとしています。
彼女は現在、素敵な45歳の美容アドバイザーとして活躍しています。
