「豊かさ」と「地産池消」
2009/10/10
投稿:高柳美枝子
関東に引っ越してきて1週間。
ピーマンを買ってきて中華料理を作ってみた。
生産農家の方に申し訳ないので産地は伏せさせて頂くが
「ピーマン・・・こんなに薄かったっけ??」と思うほど
宮崎のジューシーな食べ応えとは比べものにならないことに愕然とした。
そして、宮崎の食生活ってとても「豊か」だったんだなあと実感した。
その晩、我が家のテーブルには県内産のものは殆ど見当たらず、
日本各地から運ばれてきたものや、海外産のものでほぼ埋まっていた。
関東の食卓は、このように極めて大陸的である。
バリエーション的には豊かでも、味覚の面では必ずしも「豊か」とは言い難い。
地産地消。その土地で採れたものをその土地で消費するという行為。
宮崎は、安い食材を県外から仕入れ食卓に出すという大陸的な生活様式が、
他県と比べると浸透していないと思う。
他県との交通アクセスの悪さが生み出した賜物、それが宮崎の地産地消。
元はと言えばデメリットが生み出した結果なのに、
「エコ」がトレンドとなった今では流行の最先端を象徴しているというのだから、面白い。
そもそも、「豊かさ」って何だろう?
産業の自由化とともに、国際競争力のもと、安い輸入品が大量に日本に流れ込んできた。
日本人はより豊かな生活を求め、自国の産物よりも輸入品に目を向け、購入した。
つまり、日本人にとっての「豊かさ」の指標は、「安くて便利」だったのだ。
そして、年月を経てこうした購買スタイルが浸透した結果、
「かつて安かった価格」は「現在の相場」に様変わりし、人々は低価格に慣れきった。
近場の美味しいピーマンよりも、アジア産の安いピーマンがスーパーの棚の前列に並び
人々はそちらに手を伸ばすようになった。
低価格主義が世の中に浸透すると各企業の利益が上がらず、当然ながらデフレが起こる。
日本人は、豊かさと引き換えにデフレを輸入したのだ。
こうした「安さ・豊かさ追究主義」は、日本の地方経済に様々な爪痕を残した。
たとえば、宮崎の林業衰退。
戦後早々に産業の自由化が広がり、日本はアジアの木材を輸入することを選択し続け、
その結果、国際価格競争で日本の林業が負けた。
宮崎県内の新築住宅は中国からの輸入木材で建てられ、山には樹木の在庫が積みあがり、
密植による地すべりの危険と隣り合わせの生活が続いた。
自由化から50年。
デフレが進んだ今年、飫肥杉の競りでは1立方メートルあたり1万円を割り込んだ。
日本人が、県民が、「豊かさ」を追求した結果である。
地産地消は、消費者にとっては食を例えに出すと分かりやすいせいか、
説明する側も食をトピックにしてアピールするケースが多い。ニュース報道もだいたいそうだ。
「採れたてで美味しいね」――誰もがみな、こうした率直な感覚で地産地消の良さを認識できるからだと思う。
しかし、本質に目を向けてみると、地産地消の究極の目的は地元経済の保護と繁栄であり、
運搬の際に出されるCO2の削減をはじめとする環境対策であり、
「安さ」では満たしきれない「豊か」な生活の追求である。
これは、産業の多くに関わる話であって、何も、食に限った話ではない。
林業、知的財産、文化産業、その他もろもろ。
宮崎の地産地消。ピーマンの美味しさに満足している場合ではなさそうだ。
今いる場所の文化と産業を守り、人・経済・環境などを包括的に守り、育んでいく。
その行動が、地域の誇りに繋がっていく。
地産地消は、広くて、奥が深い。
関東で晩御飯を食べながら、ふと、そんなことを思った。


